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義父の最後の武勇伝

5月4日に亡くなった主人の父。

病院から危篤の知らせか届いたのが午前10時頃だったなかな?

それから5分も経たないうちに死亡したと連絡が入った。

GWの真っ最中ということで、身内は皆行楽気分でいたもんだから、誰にも看取られずたった一人で旅立ってしまってちょっと可哀相でした。

私達が病院に着いたのが12時半過ぎ。

看護師さんの話だと、このところ体調が悪くてお風呂にも入れなかったから「体を拭きましょうね」と声をかけたら反応があったので、全身を清拭してシーツも取り替えて、看護師さんたちが離れた直後にアラームが鳴ったそうです。

脳梗塞だけど直接の死因は肺炎。

実父(肺がん)の時もそうだったけど、肺炎も2回くらいまでは治療で持ち直すんだけど、3回目はアブナイ。

普通ならここで遺体を連れ帰り、通夜、告別式の準備に取りかかるところなんだけれど、

義父は生前から「献体」に登録しており、指定された大学病院に運ぶことになっている。

でも脳梗塞で倒れてから一度も家に帰ってないし、ベッドの上で「帰りたい」と訴えていたのを思い出し、「一日くらい家に帰してあげようよ」と提案し、一晩家に安置し、身内だけ集まって最後の晩餐(と言っても買ってきたお惣菜だけど)をして翌日10時に迎えの車が来て玄関で見送って終わり。

喪服も着ませんでしたよ。私なんてジーンズにTシャツだもの(A^_^;;)

なんてあっさり系なの?そんなんでいいの?って思うでしょ?

でもね、義父は生前から「オレが死んだら葬儀は一切やるな!死んだ後に金をかけるほどバカバカしいことはない。もし金かけたら化けて出てやる!!」と宣言していたと義母から聞いていたので、これでいいんです(苦笑)

だから、葬儀はおろか、おばあちゃんなんて「戒名も遺影もいらない」と言ってましたよ。

戒名はいいとしても(←って葬儀の次にお金かかるからね・苦笑)せめて「遺影くらいは作らなくちゃダメだよ」と息子たちに諭され、昔の写真を探して選んで作ります、これから(笑)

献体から戻ってくるのは半年から2年後くらいらしい。ちなみに火葬して戻してくれるそうです。

その間自宅にもお墓に行っても遺骨があるワケでもなく、お線香をあげに来た人に対してどうすればいいかということになり、葬儀屋さんが「じゃぁ、位牌ができるまで仮の位牌として使う木の位牌を俗名で書いてもってきてあげましょう」と言ってくれました。

ここまででかかったお金は遺体の搬送代とドライアイス代と木の位牌代くらいですかね。

お寺にも連絡してませんから。

ホントに自分にはお金をかけない人でした。

こういう別れかたもあるんですねぇ。

生前からいろいろと武勇伝を披露してくれた義父でしたが(笑)最後まで自分流を貫いたという点では、潔い!

まわりの人達には、葬儀をしないことに関して「そうはいかないだろう」と言われたけれど、「献体したんです」と答えると「そうか、わかった」と納得してもらえたし。

亡くなってから24時間後にはサヨナラしてしまいました。

1年以上入院していたこともあり、みんな「仕方ないさ」みたいな気持ちもあったのはたしかだけれど、その後、さっさとみんな帰り支度を始め(苦笑)11時半頃には義兄夫婦は帰宅の途につき、おばあちゃんと主人と長男、二男は亀戸天神に藤の花を観に行き、娘と私はキャイ~ンのLIVEに出かけちゃいました( ̄▽ ̄;)

キャイ~ンのLIVEはさすがに行けないだろうと前日まで諦めていたんですけどね。

余裕で行けちゃいました・爆!

LIVEおもしろかったですよ!

アドリブコントのコーナーでお客さんからネタを募り、即興でやるんだけど、ウドちゃん、オチになってなかったぞ~・苦笑

いろんな芸能人からお花が届いていて、モチロン慎吾君からのもありました。

スタッフの許可をもらって写メを撮ってきました。

100_0004

関根勤さんが観に来てましたよ。

あの「息を吸う時に声が出る」独特な笑い声ですぐわかりましたよ・笑

前日にあまり寝られなかったので娘も私も途中何度か船を漕いじゃったけど、関根さんも途中爆睡してたよzzz

4日は千里ちゃんが来てくれて、6日は出川さんが来るって言ってた。

ウドちゃんが結婚したので、会見のビデオを流したりコントの話題もそちらにいき、会場はお祝いムードいっぱいでした。

ウドちゃんホントにおめでとう!末永くお幸せに。

一人ぼっちアマノッチも早くいい人見つかるといいね。でも最近週刊誌に書かれてなかったっけ?

今日は長々と書きました。

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コメント

初めまして!
神戸のみいちゃんです。昨夜ブログを見てくださった様で有難うございます。この『義父の最後の武勇伝』読ませていただきました。とっても胸に染みました。義父を10年前に見送りましたが、宗教やお付き合いの関係もあり世間並みのお葬式を執り行いました。お葬式は残されたもののために挙げるもの!なんて言いますがその間に気持ちの整理なんて尽きませんよね!決められたスケジュール通りに式が進みあっという間に焼かれてしまいます。まあ下世話な話ですがお寺と葬儀屋だけがウハウハですかね!

今回のお話とっても参考になりました!プリントして主人にも見せようかな?ありがとう

投稿: みいちゃん | 2006年5月11日 (木) 11時20分

>神戸のみいちゃんさん
初めまして!コメントありがとうございます。
私の父も普通の葬儀でした。
義父はサラリーマンではなかったので、こういう形を取れたのかもしれませんね。
献体の話を初めて聞いたときは「本人の希望だから」と理解したつもりでしたが、いざとなると正直戸惑いました。
でも、実際やってみると手間もかからず、心残りとかもなく、なにより本人の希望通りにしたから、きっと義父も満足してくれたと確信してます。
だって化けて出てこられたら困りますし・苦笑
プリントアウトだなんて照れますなぁ~(*^o^*)
あ、でもその際はキャイ~ンのLIVEのくだりは抜いてくださいね(A^_^;;)

投稿: アイ | 2006年5月11日 (木) 17時05分

そうでしたか。でも一番は残ってるほうの気持ちだから、お葬式の形にはこだわらなくていい気がするわ。実は私も葬式しないでねって家族には頼んでます。お金がかかって、接客に明け暮れるよくある形式のお葬式は納得がいかないもの。自分の中に宗教心さえあればそれだけでいいと思います。「献体」というのはすごいわね。さすが、人生の達人だったのね。

投稿: rose | 2006年5月11日 (木) 18時01分

roseさん
一度葬儀を出したことのある人はわかると思うけど、遺族って泣いてるヒマないのよね~
って、義父の時も泣かなかったけど(^_^;)
献体は、「長い間生きてきて、ろくに役に立てなかったから、死んだ後くらい社会のお役に立ちたい」と夫婦で決めたんだって。
だから義母も登録してるの。

話変わるけど、Hさんがようやく小学校の役員が終わったので、ご苦労さん会(つまりはランチだけどね)やろうって言ってるの。
いつでも空いてるって言ってたから、roseさんの都合に合わせます。

投稿: アイ | 2006年5月12日 (金) 13時19分

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